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インターネット今昔 Archive

インターネット今昔 その9

FTTHとは、正しくは「Fiber to the hone(ファイバー・トゥー・ザ・ホーム)」。その名の通り、光ファイバーケーブルを使用する建物に引き込んで行う通信形態です。

同じく常時接続であるADSLが、現在47Mbps(フレッツADSL)を最高速度としているのに対し、FTTHでは100Mbpsをうたっています。

またADSLの弱点でもありました、基地局からの距離によって速度が著しく低下してしまうということもありません。さらに言いますと、アナログの信号は周囲の電波に影響を受けやすく、何らか強い電磁波が近くにあったような場合、ノイズが入って思うような通信ができないという問題もあったのですが、光ファイバーならばそのような影響はあまり受けません。

NTTの参入により、数年前まで常時接続の主流としてADSLが使われてきましたが、ここにきてようやくFTTHもユーザー数を増やし、一般的な存在となりました。
利用するユーザーの頭数が増えることで、基本料金が下がり、さらに次のユーザー獲得のためのエリア拡大ができるようになった、という、遅まきながら訪れた良循環です。

FTTHはそれまでのような既存の電話回線を使用した接続ではなく、別に光ファイバーケーブルを室内に引き込む工事が必要となるため、最近では新築の住宅やマンションに、あらかじめFTTHの設備をつけて建てるようなことも頻繁に行われています。

まさに、コンセントを差し込んで電気を使うことを「当たり前」と思うような感覚で、インターネットを「当たり前」に使う時代の到来です。

ADSLが強く支持されていた時代、一般的なユーザーがインターネット接続で重要視していたのは「ストレスなくページを読みこむことができる」ことでした。

私が初めて自分のホームページを持ったのは、アナログ回線からISDNへと移り変わるころでしたが、それから一体幾度「ホームページを作る上で気をつけなくてはいけないこと」の項目が変わったか知れません。

かつては「なるべく(無駄な)画像の少ない」ページを推奨され、余計な「次へ進む」ボタンも付けない方が好ましい、と書籍で説明されていたなどというのも懐かしい話です。

今や高速常時接続が主流となり、一般のサイト内で画像やFlashといったものが扱われることも全く珍しくなくなりました。
もしかしたら今後は、テキストベースでサイトの良し悪しを判断するような感覚も薄くなり、もっと違う価値観が出てくるようになるのかもしれません。

回線の歴史とともに望まれるホームページもまた、さまざまな遷移をしてきてはいるのですが、それについてはまた別項目で書くことができれば、と思います。

インターネット今昔 その8

各地の電話線に光ファイバーを組み込んだまま、ADSL使用のためメタル線へ戻す工事をNTTがやりたがらなかった結果、日本における常時接続の普及は遅れていきました。

実際のところ、光ファイバーによる次世代常時接続であるFTTH(NTTのサービスで言うところのBフレッツ)の準備も進んではいたのですが、逆に既にある電話線を使ってADSLによる高速インターネット接続ができるユーザーも多くいたため、そちらの工事はほぼ座礁と言ってもいいくらいでした。

と、いうのもFTTHはこれから新しく設備投資を整えなければいけない手前、ユーザーの頭数がそろわなければ非常に高い価格でしか提供できないという弱点があったのです。

その間を縫うようにしてADSL契約者を獲得していったのは、電話事業に新規参入をしてきた、Yahoo!BBでした。

Yahoo!BBの使用者同士であれば電話による通話は無料、NTTでは使用不可とされた人でもADSLが使えます、と電話通信とインターネット接続をセットにし、魅力的な営業展開を見せました。

契約をするしないに関わらず、街頭でYahoo!BBのADSLモデムを配るという過激なパフォーマンスを交えつつ、猛スピードで契約者数を伸ばし、一躍インターネット接続界における一大勢力として名を挙げたのです。

余談ながら、Yahoo!BBが光収容であったエリアにどうやってADSLを通すことができたかを説明をします。NTTは基地局から建物までの間、使用する電話線のルートを限定させてしまっていたのですが、Yahoo!BBは光ファイバーが途中に入らないよう、建物までに使用する電話線ルートを別に回り道させることで、メタルケーブルのみの順路をつくりあげたのでした。

技術的な理由はともかく、これはADSL接続を待ち望んだユーザーにとっては非常にありがたいことでした。Yahoo!BBやその他の新規電話会社が、次の手にもたつくNTTを尻目にどんどん契約者数を伸ばしていくうち、ようやくNTTもADSL事業に本腰を入れ始めました。

インターネットの話とは少し離れますが。
NTTはご存じのとおり、もともと国営企業であったものが民営化した会社です。昭和60年から他社との競争が導入されるまで、一社寡占による営業をしてきました。
ちなみにその昭和60年の家電話の通話料金ですが…。
国内最大距離の市外局番へかけたとき、3分400円(!)です。
その後時間の経過とともに価格は下がり、平成20年の現在、同じ場所にかけた電話は3分80円にまでなりました。

NTT批判をするつもりでも、規制緩和という政策を持ち上げるつもりでもないのですが、利便性を望む一市民としては、やはりなんだかな、と思ってしまったりもします。

インターネット今昔 その7

ADSLはアナログ回線を利用した常時接続です。
接続にはそれまでのようなダイヤルアップモデムは使用せず、LANボードを利用したネットワークによる接続方法を使います。
簡単に言ってしまえば、電話をいちいちかけなくても、パソコンの電源を入れれば自動的にインターネットができるようになったということです。

しかも、自宅や会社に引き込んだ電話線を、スプリッタという分岐装置で二本に分けることで、電話・FAXとインターネットを同時に利用することができます。
ADSLでインターネット接続をするには、スプリッタで分岐させた電話線の先にADSLモデムをつなぎ、そこからパソコンのLANポートに線を入れるような形をとります。

このADSLモデムとは、もともとアナログであった回線の信号をデジタル化し、かつ電話・FAXに使う周波数に干渉しない高さに変えてくれるという機械です。
それがアナログ回線を使用しながら、インターネット接続と電話・FAXの同時使用ができる理由です。

前にISDNの通信が、一本の水道管から多くの蛇口を出すようなものだという説明をしましたが、それになぞらえて言うのならADSLは、外から入り込んでくる水を常に循環をさせている、いつでも入れる流水プールのようなものだと言えます。

このように書くとISDNよりもADSLの方が完全に優れているようですが、ADSLには致命的な欠陥もあります。

それは、アナログ信号を利用するため、NTTの電話基地局からインターネットを使用する建物まで、全てメタルケーブルによる線でなければ使えない、いうことです。

また、基地局から使用する建物までの距離にも大きく影響を受け、遠くなればなるほど、通信の速度は遅くなってゆき、一定の距離を過ぎると全く使えなくなってしまいます。

電話線そのものの所有権を持つNTTが、ADSLの普及に消極的であった理由もそこにあります。従来のアナログ回線をISDNというデジタル方式にする工事を進めていたわけですから、その延長にあるのは同じくデジタル式の常時接続というのが常識的な考えです。

それが、いきなりアナログ回線を利用したサービスが始まったからといって、一度デジタル化した回線をアナログに工事しなおすというのは、簡単にはできない相談です。

実際のところ、次世代のインターネット接続を見越して電話線の一部からメタルケーブルを取り去り、光ファイバー化していた場所が数多くありました。

しかしADSLは基地から建物までの距離全てがアナログ式のメタルケーブルでなければいけないため、間に短い一部分だけでも光ファイバー化されてしまっていると使用ができない、ということになります。

「光収容」と言われる状態で、多くのADSL接続を望むインターネットユーザーはこれに涙してきました。

インターネット今昔 その6

ADSLは、今現在もかなり多くのユーザーが利用している接続方法です。
最もサービスの開始当初の頃は、通信速度は(下り)1~1.5Mbpsというプラン設定でしたから、現在のADSL最高速度(下り)47Mbpsまでかなり進化はしています。

ところで、ADSLには前回までは速度の説明にはついていませんでした、(下り)という言葉が登場してきます。
その理由が、ADSLの速度と技術の秘密なのです。

ここまで、従来のアナログ信号の通信を、デジタルに変えたのがISDNであると説明しました。アナログ通信が56kbps、ISDNが64kbpsという速度だったのにに対し、ADSLはいきなり1Mbps=1,000kbpsです。
感覚的には、アナログからデジタルへと変更されることで進化するような、あるいは高級になるような気がしますが、このADSLはデジタルではなく再びアナログ形式へ戻った接続形式なのです。

ADSLを正式に英語で言うと、Asymmetric Disital Subsucriber Line(アシンメトリー・デジタル・サブスクライバー・ライン)です。頭の「アシンメトリー」という言葉には「非対称」という意味があるのですが、それがADSL通信の顕著な特徴となります。

それまではホームページを「見る」時の通信速度と、逆に自分で作ったファイルを「送る」場合の通信速度は同じスピードで対処されていました。
それをADSLでは、「見る」場合(=下り)に特化させ「送る」(=上り)速度を抑えることで、驚異的な速さを実現できるようにしたのです。

インターネットを使用するほとんど全てのユーザーは、ファイルを送信するよりも受信することの方を圧倒的に多く行います。ですから、ADSLという通信形式は、一般ユーザーに向いたものとしてとても歓迎されました。

ですが、そのわりにアナログ回線からISDNに変わったときのように、爆発的な広がりを見せることはありませんでした。

なぜか、というとその理由は日本独特の通信設備の事情にあります。

民営化されているとはいえ、結局のところ電話回線そのものの所有権限は未だNTTにあります。NTTは、もともとADSLの導入に乗り気ではなかったのです。

インターネット今昔 その5

ISDNとは、従来のアナログ信号をデジタル化することで、もともと1契約では一度に1回線しか使用できなかったところ、同時に複数の通信機器を使えるようにした、というサービスです。

地域によっては、まだ記憶に新しいところかもしれませんが、この普及はかなり猛スピードで広がり、今では電話線のある日本全国全ての地域で使えるまでになっています。

アナログ回線と最も違う点は、使用のとき壁から引きこんだ電話線を直接パソコンにつなげる前に、ターミナルアダプタやダイヤルアップルーターといった機器を間に入れることです。そこから線を分岐させ、一方を電話やFAXのような機器へ、もう片方をパソコンへと別々に接続します。そうすることでそれらを同時に使用することができるようになりました。

当時はそれがものすごい技術の進歩と騒がれ、かなり大々的に宣伝されていました。

ですが、この通信方式にも問題がありました。
確かに電話とインターネットが同時に使用できるようになったことはなったのですが、その通信速度は最大でも64kbps。アナログ回線では56kbpsでしたから、それでもまだまだかなり遅い速度です。

デジタル化をしたことにより、通話だけでなくインターネット通信そのものも同一回線で複数同時使用ができるようになりました。
しかし、実際に2回線同時接続をしてみても、とても使用に耐えられるような速度ではありませんでした。

後に実際に流れていたCMですが、一つの水道管に複数の蛇口があるシャワールームで、最初の一人がシャワーを浴びているときはそれほどではなくても、隣の人、その隣の人が水を出し始めると、それぞれのシャワーから出る水量がどんどん減っていき、やがては滴るほどになってしまう、という映像がありました。
ISDNの速度を皮肉るのが目的ですが、実際のISDNユーザーが「そうそう」とかなり共感することができる、良いCMだったと思います。

にもかかわらず、ある理由のために、このISDNはかなり長期に渡って利用し続けられていくことになります。

全国的にISDNが使えるようになった頃、ようやく昼間も使える定額制も誕生しました。フレッツISDNです。

しかし普及をすればするほど、一回線で同時にインターネットをしたい、というユーザーの要望も強くなりました。またユーザーの裾野が広がったことで、ホームページ作成の技術も高くなり、サイトの絶対数も増えました。
凝ったページは読み込みに時間がかかり、リンク移動をするたびにかかるその時間は、途方もなく長いものに感じます。
いくら時間を気にしなくてもよくなったとはいえ、依然不満を感じる人は数多くいました。

そこへ救世主となるべく登場した高速・常時接続・完全定額の通信技術。
ADSLです。

インターネット今昔 その4

インターネット接続に通話用のアナログ回線をそのまま使用しますと、当然のことながら接続中は電話がつながりません。当時は現在のように携帯電話を老若男女が一人一台持つ、なんてこともありませんでしたので、インターネットの使用中はその家では電話をかけることも受けることもできず、とても不便な状況でした。
接続中にトラブルがあっても、サポートセンターに電話をかけることができなかったのです。

通信の速度も最大で56kbps。現在主流の光回線では100Mbpsとのアナウンスですので、1M=1,000kbで計算すると、どれほどのものかと想像できるかと思います。
新幹線の時速約300kmと、徒歩の時速約4kmの競争さえ比べ物にならないほどの大きな差です。

前回「従量加算制」という料金体系のお話をしましたが、この当時の「従量」とは今の携帯電話のようなパケット料金ではなく、通話と同じく接続をしていた「時間」で計算されるものでした。したがってなるべく接続料金を安く上げようとするのであれば、ダイヤルアップ後、ページが読み込み終わるのを待っていったん切断。次のページを読むために再度ダイヤルアップという、とても面倒な方法を取らなければなりませんでした。

そんな中、インターネット接続に定額制が登場しました。「テレホーダイ」というサービスですが、それが適用される時間帯は夜11時から朝5時までという、一般的な生活時間帯に全くそぐわないものでありました。

これも昔話ですが、インターネットのヘビーユーザーは、世間が寝静まったような真夜中にサイトを覗く怪しい人だ、という先入観はこのころに生まれたように思います。

そんな不便ずくめだった時代ですが、やがて一つの転機が訪れます。
従来の通信方式はアナログ通信でしたが、これをデジタル通信へと変更することで、電話とインターネットのような複数回線が同時に使えるようになりました。

いわゆるISDNの誕生です。

インターネット今昔 その3

少し話はそれますが、インターネットにおける「従量加算制」について説明をしようと思います。

これはインターネットが始まったばかりの頃に一般的だった料金体系です。
現在でもガスや水道といった公共料金はこれで計算されていますが、簡単に言って
「基本料金+使った分だけ」
を請求してくるという方法です。

インターネットが始まったばかりのころは、家の電話線を電話機から引き抜き、パソコンを通じて電話をかけて、ホームページの閲覧やメールの送受信をしていました。

その際の料金の計算方法なのですが、
「電話基本料+電話の通話料金(時間単位)+プロバイダーの基本料金+接続した分のプロバイダー料金(時間単位)」
という非常にわかりにくいやり方をしていました。

私個人の話になりますが、当時数人の知人から「インターネット始めたいから設定して!」と頼まれて、とりあえず接続できるところまで準備をしたことがありました。

しばらくしてから様子を尋ねてみると、「料金の請求があちこちからきて何がなんだかわからない」というような感想をよく聞いたりしたものでした。

というのも無理のないことで、インターネットの始まりかけと同じ頃、「マイライン」という電話会社を自分で選べる(と、いうか強制的にどこかを選ばなくてはいけない)、サービスが開始されたのでした。

悪口を言うつもりはないのですが、これがインターネットというものを、「何がなんだかわからない」ものに仕立て上げた理由の一つであったように思うのです。

実際、当時は本当にあちこちから請求書が郵送されてきていました。
料金の仕組みついて誰かに説明をするのに、非常に苦労をした記憶があります。

インターネット今昔 その2

「インターネット」について話をしようとするとき、その切り口には実にたくさんの種類があります。
その中にあってこれからお話をしますのは、そもそも「インターネット」とは一体どういうものであるのか?ということです。
日常生活で使用するものですから、目の前の画面は何がどうなって映し出されているのか、少しは気になるところではないかと思います。


例えば、テレビやラジオのような公共の電波を使用したメディアである場合。
発信は1ヵ所から行われ、それを各地の中継基地から全国各地に届くよう電波を送る、という仕組みになっています。
ですからその1ヵ所が送信をやめれば、全国どこでも受信はできなくなります。深夜や早朝のような送信をしていない時間には、番組を見ることはできません。

ですがインターネットの場合は、発信される場所は1ヵ所ではありません。
各地に「サーバー」と呼ばれる情報の蓄積場所があり、そこにパソコンや携帯を通じて目にすることができるようなページが、常に待機しているような状態です。各人がそれぞれ自分からそのサーバーへとアクセスすることで、そこにある情報(=コンテンツ)を閲覧できる、という仕組みです。
だから電波による放送とは違い、設置してあるサーバーの電源が消えない限り、24時間アクセスが可能というわけです。

今でこそ、電源を入れるとすぐにインターネットに接続できるような環境(=ブロードバンド)が一般的になっています。しかしインターネットというサービスが始まったばかりのころは、その接続のためにはいちいちパソコンから電話をかけなければなりませんでした。

インターネットはデーターを受信してやりとりするものです。
言うまでもありませんが、そのために既存の電話網が利用されています。
ですが、インターネットが始まった当初、データーの送受信に利用するには、その通信網はあまりにも細いものでした。

今では考えられないことですが、当時はメールやホームページに表示される一文字一文字の重さを量りながら送信や受信をするような、重量加算な通信をしていたのです。

ちなみに、そのような料金体系のことを正しくは「従量加算制」と言います。

インターネット今昔 その1

最近読んだニュースですが、そこに現在大学一年生くらいの年齢の人であれば、もう小学生時代には自宅にインターネットがあるのが普通、という文章がありました。

本記事の趣旨とは違うことではありますが、その一文を読んで少し考えてしまいました。
私たちがそれぞれ感じている「普通」という感覚というのは、「子供の頃からの当たり前」というものにかなり影響を受けているんじゃないか、ということです。

大学一年生くらいの年齢ということは、順当にいけば18~19歳ということになります。
つまりは10代の人にとっては「インターネットのある生活」が「普通」ということです。

その流れで考えると、例えば今20代くらいの人が10代のころの「普通」というと、「パソコンがある生活」。30代では「ゲーム機がある生活」。40代くらいになると「テレビがある生活」くらいに感覚の差が出るんじゃないかと思うのです。

もちろん地域や環境によっては一概にひとまとめにはできないところもあります。
ですがそんなところから考えを進めてみれば、そこにある「当たり前」の感覚は、ひとまわりふたまわりと年代が上がっていくにつれ、大きな差となって出てくるわけです。

世の中の「当たり前」と当人にとっての「当たり前」がほぼ一致しているなら問題ないのでしょう。
ですが、子供時代「当たり前」だったことが大人になってから「当たり前」ではなくなったような場合、素直にそれを受け入れていくというのは、簡単なようでとても難しいことです。
子供時代に影くらい見えていたならともかく、かつて影も形もなかったようなものが、突然「当たり前」なんて出てきたところで、「ああそうなのか」なんてすぐには思えるものではありません。

笑い話に聞こえてしまうかもしれませんが、かつてコピー機がようやく出回り始めたころ、当時の若手社員がとってきたコピーを渡そうとしたところ、上司が大真面目に「正しく複写がされているか、読み合わせもしないうちに提出するんじゃない!」と叱りつけた、なんてこともあったとか。
そこまででなくても、「CDを巻き戻す」とか「メールの番号を教えて」なんてささやかな間違いくらいは、わりとよく聞くレベルの話だったんじゃないかな、と思ったりします。

歳を重ねていくたびに、次世代の「当たり前」の感覚は飛び越していかなくてはならない常識のハードルとなり、それは段々と高くなっていくわけです。
しかも仕事のためとはいえ、それを自力で正しく認識していかなければならないとなると、その苦労は計り知れません。


そんなことを考えたりした経緯もありまして、次回よりこのブログでは、できるだけ簡単にそのギャップを埋めるお手伝いができるよう、現在では「当たり前」のこととされてしまっているインターネットの常識らしきものについて、やわらかくお話をしていこうと思います。

すでに独学でインターネットについて詳しく知っているというような方にとっては少し物足りないものに感じられるかもしれません。
ですが今さら人に聞き直すのも抵抗があるなあ、とつい思ってしまうそんな方のために、少しでも楽しんで読んでもらえるように書いていくつもりでいます。

そんな感じですので、どうぞまたお越しいただければ嬉しいです

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